001 びりやーどはたのしいな 2002.01.22
ぼくはビリヤードをはじめてまだ3しゅうかんです。ぼくはビリヤードがだいすきです。さいしょは、ボールがなかなかポケットにはいらなくて、むずかしかったです。でもいっしゅうかんぐらいやると、ぼくはじょうずになりました。よそのおじさんがきて「いっしょにやりましょう」といいました。おじさんはびーきゅうなのでとてもじょうずです。 ぼくはじょうずなひとがこわいので、がんばってなんでもポケットにいれました。ポケットがないときはかべにぶつけていれました。9ばんのボールをいれたときびーきゅうのおじさんが「ないす、ますわり!」とさわぎました。
あっ!いけない、ここまでかいたところで、あのおんなのひとがぼくのへやにはいってきました。 またしかられてしまいます。
「何くだらないこと書いてるのよ!45才にもなって。あんたは昔15年もビリヤードばっかりやってたんでしょ。それも、毎日朝まで。」
あれ、そうだったっけ、どうりでよく玉が入るわけだな。7年ものブランクですっかり忘れてたぜ。 ところでよ、押入の中からおれが昔使ってたらしいキューが出てきたんだけど、シャフトがカビで緑色に変色してて、すげえきたね。バットには黒いとんがったのが八本付いてる、いわゆる「ししゃもの八剣」というやつだなこりゃ。いやあ、糸巻きがきったねえわこりゃ。まてよ、キューのけつんとこには“G・S”と小さく書いてあるなあ。 “G・S”つうったら、ガソリン・スタンドか! おもしれえだろ。 おれのキューの知識ははんぱじゃないから、よく考えてみた。 歴史上最高のキューを作ったと言われる名人なら“ガス・ボンッザッティ”だから、それなら“G・B”となるはずだろ。つまり、おれのキューはそのニセモノということじゃねーか。 そのキューを持って玉屋に出かけていったら、売ってくれというやつが現れた。 「10万円なら売ってもいいよ」と斜め上を見ながら言ったら、そいつは「買います」だってよ。次の日さっそく10万円みみをそろえて持ってきやがった。 まあおれほどの知識があるから簡単に金儲けができたけど、シロウトがまねしちゃいけねえよ。まちがって本物だったらシャレになんねえだろ、本物だったら20万はするらしいからな。
<筒井康隆のパクリです>

 002 ザンボのこわーい話 2002.01.24
これは本当にあった怖い話です。7年ぶりに押入の中から出所することになった私のガス・ザンボッティ。さすがに傷み汚れがひどかったのでバリー・ザンボッティにリフィニッシュしてもらうことになりFedexでアメリカへと発送しました。なかなか連絡が無いなあと思っていた頃、バリーから電話が入りました「あなたのキューが“U.S.フィッシュ・アンド・ワイルドなんとか”という所に没収され今アラスカにある」。のわんだって!どうやら象牙の取り締まりに引っかかったらしいのです。もともとアメリカで作ったものを日本に売っといて、それをハンサムな日本人が修理のためにアメリカへ送ったら捕まえるというのは納得がいきません。しかもこちらには何の連絡も無いのです。バリーが「どうしたらそのキューを渡してもらえるのか」とたずねたところ「使用してある象牙をすべてくり抜いた後なら渡しても良い」とのことでした。オレのキューがまさにワン・オブ・ア・カインドになってしまう。これにはバリーも激怒「私の父親が昔作ったキューをこわす権利があなたにはあるのか、絶対にさわるな!コンニャロ!」すると「このキューに使用されている象牙が1975年以前(ワシントン条約制定以前)の物だと証明できたら日本に返送します。」ということになりました。ところがなにせ古い話なので、バリーがいくら探しても昔の書類は出てきません。そこでバリーは父親と親交の深かったキュー界の大御所 Joss のダン・ジェーンズ氏に相談しました。ダン氏は弁護士に書類を作成させて、かつて1975年以前に二度ガス・ザンボッティに象牙を売ったことを証明してくれました。そして私のキューを悪者の手から救い出してくれたのです。この間約二ヶ月以上、私のキューは結局アメリカの地を踏むことなく日本へと返送されてきました。
よく帰って来たなあ、アラスカは寒かっただろ、もう大丈夫だからな、また入るか?押入。
私はダン・ジェーンズ氏の住んでるボルティモアに足を向けて寝るわけにはいきません。ツーといえばカー、キューといえばジョスでしょう。キューはJossに始まりJossに終わると言われます(オレが言ってるんだけどね)みなさんJossをよろしく、Jossを使いましょう。銘苅プロも使ってるし、ラルフ・スーケーも使ってます。ちなみに私は今ダン・ディショーを使ってます。スマン。
<私のザンボ> <銘苅プロのJoss>

 003 9ボールは組立が大事? 2002.01.29
5ゲーム先取りの勝負。やっと4-4に追いついて、さあブレークだ、マス割りで決めるぞ。 会心のブレークに3個のボールがポケットへと吸い込まれた。 残りたったの6個じゃないか、しかも取り出しの1-ボールは穴前のイージーボール、しかし、ここで急いではいけない。チョークを付けながら、全部のボールの配置を確認し9-ボールまでのストーリーを組み立てなくてはいけない。要注意箇所は7から8へのポジションだけだ、絶対に7-ボールにウスく出してはいけない。そのためには6-ボールでストップショットが望ましい、そのためにはその前のボールはサイドに取るべきだ。私ほどのシャープな頭脳だとこれだけの分析がほんの十秒で済んでしまう。よしできた、なんの問題もない。再度チョークを付け直しショットをスタート。まずイージーボールをポケット。 その時だった「ファール!」の声。 「スイマセン!」いかん、すぐ謝るくせが付いてしまってる。しばらく何が起きたのか分からなかった。真っ白になった頭でテーブルを見回すと、穴前にかわいくたたずむ1-ボールを発見。 なーんだ、2番を入れて1番に出してどうするっちゅうねん! 玉の順番を逆から考えているうちに頭がひっくり返ったらしい。
要注意は7から8へのポジションではなくて、自分の頭だったのである。
 

 004 アドレナリンはあなどれん 2002.02.28
 すごく会いたかった古い友人と10年ぶりで偶然会った時、あなたの脳の中にジワーッと分泌された物質はどんな物でしょう。 「楽しい」とか「嬉しい」と感じる時、脳は楽しい物質、嬉しい物質を分泌しています。体も心も軽くなり自分の可能性が広がっていきます。
こういう時のビリヤードは、自分の意識が額のあたりに集まり、まるで額から出している光線で感じているかのようにシャープに狙うことができ、何でもうまくいきます。
 空いてるはずのコインロッカーを開けたら何かが入ってました、よく見ると人間の首だった時、あなたの脳の中にあふれ出た物質は何でしょう。 (実は本当に経験したんです、なぜか美容師の練習に使う髪の毛の付いた頭の人形でしたが、凍り付きました。)「怖い」とか「苦しい」と感じる時、脳は怖い物質、苦しい物質を分泌しています。 こういう時のビリヤードは、動きが固くなり気持ちは重く、自信が無くなり絶望感が芽ばえます。自分の意識が後頭部に逃げたかのように頭の後ろがボーッとして、やることなすことが裏目に出ます。
 こういう時に回ってきた数少ないチャンス。手にいつもの繊細な感覚はすでに無く、腰が引けキュー尻が下がり、現実から逃げた意識が過去の記憶で玉を突こうとする。そのとき手に持ってる物がザンボッティーだろうがコタツの足だろうが、サンイッチョンだろうが傘だろうが、そんなことは重要なことではありません、タップが付いてりゃみな同じです、その苦しさから助け出してくれる物ではありません。しかしその状態から玉を入れ続けなくてはならないとは残酷な競技です。もしこのチャンスをものにしなかったら、ますますチャンスは来てくれません。「神様、もう勘弁して下さい、どうして私だけがこんな目に遭うのですか?」とお祈りすることになります。
調子に乗ってる人が気持ちよくナイスショットを連発しても、それはあたりまえですからあまり興味がありません。しかしこのどん底状態から地味に逆転していくことはとてつもなく難しいのです。ここです、私がビリヤードで一番興味のあるところです。
しかし、強いプレーヤーがこういう話を語ってるのを聞いたことがありません。
つづきはいずれまた。

 005 湖に眠る幻のメープル 2002.03.14
 2年ほど前に、あるアメリカのキューメーカーのホームページで読んだ記事なのですが、何というメーカーか思い出せなくて、いろいろ探してみたのですが、もはや見つかりません。とても興味深い話だったので覚えてる限りの記憶でこっそり紹介しましょう。

 カナダのある湖の底に200年以上もの間沈んでいるメープルの木があるそうです。 その水は1年中氷のように冷たいので、木はバクテリアにも侵されず200年経っても腐りもせずに沈んでいます。つまり長い間何トンもの水に圧縮され続けていた訳です。それに目を付けたのは楽器メーカーでした。引き上げたメープルを大学の研究所に持っていき調べてみると、木の細胞があのヴァイオリンの名器 *ストラディバリウスに使われているメープルに非常によく似ていることが分かりました。長い年月と冷たい水の水圧で樹脂や糖分が抜け、硬くしまって曲がる可能性も無く、叩くとよく響く音がするそうです。
 このキューメーカーがそれを手に入れてシャフトを作ったところ、すばらしいものだったそうです。普通シャフトに良いとされるメープルの角材は年輪がせいぜい1インチに10本ぐらいのところ、なんとそのメープルは1インチに40本もあるそうです。色は白くなく少し褐色がかっており、硬くて石のようなヒット感があるそうです。深い湖の底から木を引き上げるのは大変な作業でコストもかかり、複数の楽器メーカーが引き上げ専門の会社と契約を結んで引き上げているそうです。当然とても高いメープルになるでしょう。
 その後このメープルについての話はどこからも聞くことはなく、どうなっているかは興味をひかれるところです。
*ストラディバリウス:1700年頃にイタリアのアントニオ・ストラディヴァリによって作られたヴァイオリンやチェロ、価格は円で億単位。使用されたメープルは当時のドイツのものらしいが現在では入手不可能。

 湖に眠る幻のメープル:その後 2003.08.05

 いろんな方からこのメープルの話についてメールを頂きました。この話は何年か前にCKというキューメーカーのホームページで紹介されていたものだそうです。今ではCKのホームページもすっかり更新されていてこの話はありません、私はどこで読んだのか分からなくなってしまっていたのですが、読者の方に教えていただきました。また最近リニューアルされたポール・デイトンのホームページにも『100 Year Old Wood』として同じ話が紹介されています。
その後、このメープルについてプレーサーのジェフ氏に聞いてみたことがあります。
ジェフ:「それはスペリオル湖のメープルのことだよ、硬くて色がダークで年輪が他より多い。」
私:「そそそ、それです、それに間違いない!」
ジェフ:「それだったら、うちにもストックがあるよ。」 とのことでした。 えっ、幻のメープルでしょ?興奮する私とは対称的に冷静なジェフ。 どうやらキューメーカーならこの話は当然誰でも知っていて、手に入れることも困難ではなく、価格も314シャフトと同じぐらい。にもかかわらず一般 にあまり出回っていないのはなぜか?もしすばらしいシャフトなら売れまくっているはずなのですが。 う〜む、ビリヤードに使うには硬すぎるのではないだろうか、ひょっとして絶賛されるほどのものではないのではなかろうか。と疑ってしまいました。

 006 玉の神 2002.04.11
この話だけはしたくなかった、これを読んだ人は引いてしまい、長年築き上げた私の信用(あるとすれば)も音をたてて崩れてしまうでしょう。電波が聞こえるおじさんと思われてもしかたありません、しかしこの話こそ私が一番したかった話かもしれません。

人間は自分が不完全なものだから完全な存在を造り、それを“神”と名付けた。

人類最速の男アイルトン・セナには自分の前を走る人間がいなかった。
生前、彼は語っていました。
「どんなに完璧に走っても、自分の前を神が走っている。」
そういう意味ではトップ以外はみな同じで、自分の前には必ず誰か自分以上の人間がいるわけです、だがトップだけは自分の前に人間が誰もいないのです。“完全”に近づいた人間だけには、おのずと神が見えてくるのだと思います。

古い話ですが、江夏の21球。
痛みに耐えてよく頑張った横綱貴の花、感動した!
マイケル・ジョーダンのバスケット。
マスターズのタイガー・ウッズ。
ビリヤードで言えば、だれにもまねのできない球で見る者を感動させ続けるお方。そういえば彼に人間の持ついやらしさは感じられない。

今から2000年ほど前、数々の預言によって人々はキリストが現れるのを待ち望んでいました。そこへ現れたのは貧乏な田舎者で、身分の卑しい弟子たちを引き連れた生意気な青年。当時のお偉い宗教学の先生方は彼を神の子とは認めることができませんでした、彼の前にひざまづくことなどとてもできなかったのです。そして彼はニセモノということになり処刑されたのでした。 なにも神は白い衣装で光りながら現れるのではないのです、そのへんを歩いてそうなおっさんを神の子だと言っても誰が信じるでしょう。人類はまた同じ過ちを犯すのでしょうか。

それではみなさんにお教えしましょう、このお方が神の子です。

 007 私は上の方から見てました 2002.05.19
  最近、私は久々に関東のアマチュアの大会に出場してみました。そこで見た本当の話です。私は玉を始めて20年にもなりますが、これほどの悲惨な戦いは初めて見ました。わりと上手そうなベテランのA級の人とB級の若者とのハンデ5-4の対戦。私は上の方から見ていたので良く見えましたが、残念ながらB級の若者がどんな玉を撞くのかは見ることができませんでした。
       
1ゲームめ: A級のおじさんがまず取りきりの体勢に入り、さくさくと入れ続けました。ところが、8と9の並びが難しく9へ出しミス、おじさん怒りの9タテバンク。結果は9穴カタで止まり、OK。(0-1)
2ゲームめ: OKでもらったB級のブレークはブレーク・エース。(0-2)
3ゲームめ: A級おじさん、難なく取りきり。(1-2)
4ゲームめ: A級のおじさんが取りきりの体勢に入り、さくさくと入れ続けました。ところが、8と9の並びが難しく9へ出しミス、おじさん怒りの9極ウスカット。結果は9穴前。(1-3)
5ゲームめ: リーチでむかえたB級のブレークはあわやブレーク・エース、かろうじて穴の中に9が止まった、と思ったら、次の瞬間9ボールはゆらりと落ちた。(1-4:終了) 瞬殺。

  それにしてもかわいそうなA級のおじさん。あまりにも認めたくない現実を前に、幽体離脱してしまった私が上から見ていた自分の姿だったのである。
はいはい、確かにミスはしましたよ私、しかしこれが9ボールというものか?大勢の若者たちが見てる前で、おじさんが泣いたらどうする、「え〜ん」つって。それに体だって大きいし。

 008 キュー職人と秘密 2002.06.30
  15年ほど前、当時私が使っていたザンボッティのシャフトは非常に素晴らしく、私にとってとても大事な物でした。同じようなシャフトがもう一本欲しくなり、何人かの有名なキューメーカーに作ってもらいましたが、私の望むようなシャフトが出来てくることはありませんでした。同じジョイントのキュー(リチャード・ブラックやポール・モティなど)のシャフトも試してみましたが、それらとはまるで違うものだったのです。<→ 数々のスペアシャフト>

 ある日、ザンボッティ、リチャード・ブラック、ジョス・ウエスト、シュレーガー、その他と全部で20本ぐらいのシャフトを並べて、木琴のようにスプーンでたたいて音を聞き比べてみました。ほとんどが「コツコツ」とか「ポコポコ」とか低い音だったのですが、ザンボッティだけは「コンコン」の中に「キンキン」と高い音が混じっているのです。あきらかに違う木です、他とは全く違うメープルでシャフトを作っているのだと確信しました。

 そのシャフトの特徴は、まず、白いメープルではないということ。少しベージュで肌色がかっていて、汚れやすくすぐに黒くなってしまう。木目の間隔は非常に細かく、たくさんあり、さらに、安物のハウスキューのような“ふし”まで付いている。 重さは120グラムだから、やや重め。硬いが強いバネがあり、キュー切れが良く、引き玉の時のふくらみが小さい。遠い玉のはじっこにかすらせるのが楽に感じる。すべて私にとってですから、このシャフトがどうしてそんなにいいかという話は、また後日。<→ シャフトの写真>

  一般に「白い木ほど、メープルのグレードが高い」のですが、玉を撞くのにどんなメープルがいいのかは、材木屋が決めることではありません。私のシャフトだけが、きたない木で作られたのは、たまたまでしょうか?同じようなシャフトは、その後、他のザンボッティで頻繁に見ることができました。つまり、ガスは“自分だけの秘密の基準”を持っていて、それを満たしているメープルだけを選んでシャフトを作っていたと思われます。それがどんな基準だったのかは“秘密”なので、私が知ってるはずありません。この“自分だけの秘密の基準”は誰にも受け継がれることなく、1988年に彼は他界してしまいました。

  1960年台後半、まだJossを始める前の若きダン・ジェーンズとビル・ストラウドが、キュー作りを教えてもらうために、二人でバラブシュカのもとを訪ねました。ところが結局、バラブシュカは彼らに何も教えてくれなかったそうです。昔のキュー職人たちは“自分だけの秘密”をたくさん持っていました。キューの構造はもちろん、使用する機械、木の選び方など、すべて秘密にされ、中でも、どのような“にかわ”(当時の接着剤)を使用するかはキューのできに深く関わるトップシークレットでした。とくにバラブシュカは、工場の中に他人を入れることすらありませんでした。 結局、若き日のダンとビルは「キュー作りの秘密は、決して他人に教えてはいけないよ。」ということをバラブシュカから学びました。

 009 象牙の話 in 経済産業省(その1) 2002.07.9
 以前“002 ザンボのこわーい話”で書きましたが、象牙の話です。
日本に象牙のキューを売りまくっているアメリカが、実は世界で一番象牙にきびしい国なのです、ただしインポートに関してですが。何があっても象牙をアメリカ国内には入れてはならないと、やる気まんまんで取り締まっています。 それに比べて日本はどうでしょうか、取り締まる気なんかぜんぜん無いんでしょうね。運悪く見つけてしまったものは、しょうがなく本人に確認するらしいんですが、本人が「ハイ、それは象牙です。ついでに桜の木を折ったのも私です。」と正直に白状してしまったら、彼らもやむをえず没収して困らせます。でもその際「いいえ、それはマンモスです。」とウソをつけば、彼らは化学的に違いを調べるのが困難らしく、そのウソつきに「あ、そうですか、はいどうぞ」と渡してくれます。「いただきマンモス」というのは、ここから来ています。
ここまでの話はフィクションですので、税関で捕まっても、決して私の名前を出さないで下さい。

 ちゃんと政府から書類で許可をもらって、堂々とアメリカにマイ・ザンボを送って修理しようと思い、産業経済省に行ってきました。
「象牙だったらぜったいだめだけど、私が担当です。とにかくだめだけど、どんなご用件ですか?」というオバ、女性の方が私を担当して下さいました。日本は輸入の取り締まりは、ゆるゆるのくせに、アメリカが厳しいのを知ってるから、アメリカに送ると言ったら、とたんに厳しくなるのです。特に象牙はどんな言い訳も希望が無いそうです。
「1975年以前の日付のある領収書はお持ちですか?」
インポートのキューを売っていた店なんか無い時代に領収書があったら、そっちの方があやしい。ってゆーか、何のキューでもいいからそんな日付の領収書を誰かが持ってたら、それは奇跡に近い。当時のアメリカ人の友人に頼んで、持ってきてもらったんだから、彼のポッケットに支払ったのです。とにかく証明できる証拠がないと、どうしようもできないそうです。

「いいかげんにしたらどうだ!あなたは「象牙はだめよ」で頭がいっぱいで、肝心の「どうして象牙を禁じてるのか」を忘れてしまっているのではないですか。「絶滅の危機に瀕したゾウさんたちを保護するため」でしょ、私の20年前のキューをきれいにしてもらうことで、いったいゾウさんに何が起きるというのか。逆に、それを私に書類で証明してくれ、コンニャロ!」

とは言えないので、遠くを見つめて、寂しそうにため息をついた。小芝居がきいたのか、キューに関する書類を出せと言うのが、いかに無理難題なのかを、理解してもらえたようである。 「私も助けてあげたいんですよ、何か特例と言う形で許可証を出してあげられるように、一度上司と会議しますので、また来週来て下さい。」
はい、では来週へ、えいっ!

 010 象牙の話 in 経済産業省(その2) 2002.07.9
ポン!はい、次の週。
「やはり、その年代を証明できないと、どうしてもだめだそうです。どなたかテレビなどで有名な鑑定士の方に鑑定してもらうとかできないんですか。」だって。ザンボッティを鑑定する世界一の権威が息子であるバリー・ザンボッティです。そこに送りたいから許可が欲しいと言ってるのです。 あなたは黒ヤギさんで私は白ヤギさんか?コラ。
以前、アメリカの税関は、バリーが「そのキューは、ワシントン条約以前に作られたものです」といくら主張しても一切、相手にしてくれませんでした。
  このキューが本物かニセモノか?とか、何年頃に作られたキューか?どうしてそんなことを、茶碗を回して、「うーん、いい仕事してますねー。」と言ってる人に証明できるわけ?ザンボッティーのことなんか、私の百分の一も知ってるはずのない人たちですよ。
しかし彼らが鑑定書を発行したら認めてくれるかもしれない、という可能性がある社会に腹が立つ。

あきらめました。私の住んでる世界とは違う。

 渡された象牙関係の資料を読んで吹き出しそうになりました。日本の象牙の輸入量のグラフなのですが、ワシントン条約以降は特例のあった年を除けば毎年輸入はきっちりゼロということになってます。この人たちは毎日何してるんだろと思っていたのですが、こんな資料を堂々と作っていたのかこの部屋で。「 もしどこかで象牙のキューを見かけたら、それは密輸ということになります」って見かけるどころじゃないんだけど・・。 彼らは全く知らないんだろう、ビリヤードなんて。
キュー販売の雑誌広告で、象牙だらけのキューの写真に「2002年の新作モデル」と書かれてました。 いくら法律で禁じられていると言っても、取り締まりは全然しないわけだから、禁じられてないんじゃんやっぱり。 だったら、最初からはっきりと「捕まえません」と言いなさい。
 私はもっときびしく取り締まれと言いたいのではないのです。取り締まる気がないくせに禁止するのだったら、そんな条約やめてしまったら、と言いたいのです。

 アメリカがワシントン条約を制定したころ、確かに日本は文化的側面 を理由に、すぐには象牙の輸入をやめるわけにはいきませんでした。禁止しろとせまるアメリカを随分とお待たせしてたようです。
日本はアメリカに遅れること5年、1980年にこの条約を批准しました。

 
 
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あなたの面白い話を教えて下さい。(C.J)


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