011 玉がそこにある 2002.08.30
 強いハスラーをめざして、虎や狼になろうとする人は多い。しかし、それは玉の怖さから逃げるためにかぶっている皮にすぎず、重要な場面では子羊に変身してしまいます。 私の場合は気が付いたら、ニワトリになってたり、ひどいときには幽体離脱して上から見てます。
 私の長い付き合いの友人であるエルビス・プレッシャーにとって、人間に玉をミスさせることなんか簡単でしょうがないそうです、ちょこっとずらすだけでいいのですから。彼は筋肉の中にひそんで、ここぞという大事なタイミングを待っているのです。
  自分が正直に玉と向き合えたときに、答えはすべてそこにあることに気が付くでしょう。長い年月の間に蓄えた、さまざまなネガティブな経験や知識が渦巻いて、抱えきれないほどの思いと共に、あまりにも重要すぎるボールを狙っていたのではないでしょうか。耐えられないほどの重圧を自分で作り上げているのではないでしょうか。それらをすべて取り払って、きれいな目で正直に玉 と向き合うことができたら「玉がそこにある」というだけの真実に気が付きます。どうするべきかが分かってきます、実は最初から知っていたのかもしれません。
 そうすれば、全部うまくいくという話をしているのではありません。残念ながらそれは別な問題。ただ、そういうふうに撞けた時に、たとえ結果が失敗でも後悔はありません。たらたら後悔してため息をつくのとは大きな違いです。
「どうして、あんなに弱く撞いてしまったんだろう、いつもは簡単に取りきれるのにどうしてできないんだ。どうしてミスした9-ボールが穴の前に残ってしまうんだ、チョーついてない。第一、こいつは8-ボールでミスしたくせに、なんでオレに勝つわけ?」と頭の中でくり返し、ため息をつくのです。こういう人は、またやります。
ってゆうか、またやってます私。

 012 アール・ザ・パール 2002.08.31
 アール・ザ・パールことアール・ストリックランドの話をしましょう。 ちなみに、ストリックランドのお母さんはもちろんマザー・オブ・パールです。
  昨年行われたビックなトーナメントでのこと、一回戦の相手はオーストラリアのリエラという無名の選手。13ゲーム先取り、あきらかにゲームの流れはリエラ、何をやってもうまくいく、ミスをしても隠れるという展開で終始ストリックランドをリード、とうとう12-10でリーチ。リエラ取りきれずに8でセーフティー、ストリックランド絶体絶命の場面 、玉が2個しかない状況で8を3クッションで、反対側の短クッション近くの9の裏へピタリと止めるパーフェクトなセーフティ返し。アンビバリーヒルズ!場内は拍手喝采。リエラ苦し紛れに、キックで8・9にぶつけるしかないハードショット。場内の目がサイドに向かう9にそそがれたが惜しくもはずれて穴前に止まった、ところが新ラシャをゆっくりころがっていた8がコーナーポケットにイン。それを見ていたストリックランドは立ち上がって拍手、「うんうん」ってうなずいちゃってるし。信じられない、昔じゃキューを叩き折っていただろうに。9ボールを入れて金星を決めたオーストラリアの若者を拍手で出迎え握手しながら「あなたのプレーは素晴らしかった、実にいい玉 を撞いたじゃないか」と肩をぽんぽんしながら彼をたたえた。「いつも、どちらで撞いていらっしゃるんですか?」とは聞かなかったらしいが、 どうしちゃったんだろうストリックランド、これじゃ、ただのジェントルマンじゃないですか。でも、顔がギョロ目のストちゃんになっちゃってたのを私は見逃さなかった。
  その次の日 ホテルのエレベーターの前で彼に遭遇しました。 アメリカのプレーヤーやキューメーカーたちを前に「見たか、俺に勝ったあのラッキーだらけのアマチュアを、」で始まった彼の話の内容は、チンポだのファックだの、とてもここで書けるものではないので省略しますが、自分が一回戦で負けた試合がいかに理不尽なものだったかを顔を真っ赤にしてまくしたてたのでした。あまりの強烈な下品パワーに、まわりにいた人達も引いてしまい、やっと来たエレベーターに彼と一緒に乗ろうとしませんでした。彼と東南アジアからの観光客が乗ったエレベーターが行った後、年輩のアメリカ人が日本人の私たちに言いました。「見苦しいものをお見せしました、気分を悪くなさったでしょう、同じアメリカ人として私ははずかしい、私からみなさんにお詫びします。」
私はこんなストリックランドの姿を見せられて
ほっとした。

 013 マニラからの恐怖 2002.12.06
 1985年頃だと思います、その頃私は毎月アメリカから届くビリヤード雑誌のネタを、友人たちに語って聞かせておりました。アメリカのビリヤード界のことは、まだ誰も知らなかったのです。
  当時はジム・レンピ、マイク・シーゲル、ニック・バーナー、バディー・ホールらの全盛期でしたが、そこへセザール・モラレスという無名のフィリピン人が登場して次々と優勝を重ねていきました。 ちなみに、無名の田舎者に負けたというので、悔しくてキューをたたき折ってしまったプレーヤーがいました、若き日のギョロ目のストちゃんです。やっぱり。
  雑誌ではあまりにも強い彼のことを“マニラからの恐怖”というタイトルで特集をしていました。
『見たことのない機関車のようなストロークを持ち、カーブ、ジャンプ、クッション、コンビ、キャノン、どんなボールも入れてしまう、それはまるで“マジシャン”のようだ。』
というような内容だったと思います、その記事は私を眠れなくさせました。 あーっ、見てみたい、会ってみたい、いじってみたい。
  もちろん、エフレン・レイエズ30才のことです。セザール・モラレスという名前はその頃のエフレンのスポンサーが彼にハスラーをさせるために使わせていた偽名でした。

  それから2〜3年後、彼が初めて東京に来ました。レイエズが川崎のある玉 屋で練習しているという情報が入ったので、すっ飛んでそこへ行きました。 いた〜〜〜〜っ!しかも動いてるし。すかさず握手してもらい、しばらく夢のような気持ちで初めて見る天才マジシャンの練習を観察しておりました。しばらくして、彼はトイレに行きました、キューを持ったまま。どうしてなのかは今でも分かりません。そしてトイレから出てきました、キューを持ったまま。そしてまた練習開始、シャフトのすべりやチョークの汚れから見て、手は洗ってないもよう。

「れいず〜っ!」彼を見つけて若い女の子が駆け寄ってきました、彼女はレイエズに向かってきれいな白い手を差し出しました。

マニラからの恐怖でした。

 014 キューを語らず 2003.2.26
 そういえば、このコーナーは『キューの話』となっていますが、キューの話がなかなか出てきません、まあまあ、いいじゃないですかビリヤードの話なら、キューがなければビリヤードはできないのですから・・・。
  実は、私はキューを語ろうとすると、すぐに強いむなしさに襲われてしまうのです。 誰でもプレー中にキューを感じている時はキューの実体を感じているのですが、それは言葉で感じているのではなく、ましてや数値で感じているわけでもありません。脳みその奥の動物的な部分で味わっているのでしょう。
キューの性能をサイエンスを使って説明することはできるでしょうが、エフレン・レイエズがベクトルを考えながら玉 を撞いてるとも思えません。 自分が感じているものを人に伝えるために言葉や数値に変えたとたん、大切なものが消えてしまうむなしさがあります。
 また、そのキューを自分が良いと感じたからと言って人にすすめるべきかも疑問です。あるベテランプロが絶賛してくれたキューを、後日別 のプロに「このキューはちょっと僕には使えません」と言われたこともあります。自分とキューの相性というのも大事な要素です。
  キューを買うということは、まるで結婚する相手を選ぶようなものですが「金さえあれば、相手は何度でもチェンジできる」というところが実際の結婚と違うところです。
実際の結婚はお金が無くても何度でもでき・・・ えーと、何だっけ。
  九州のあるお客様が言ってました。 「私は、柔いキューが好みなんですよ、それも思いっきり見越しのあるやつ。」 私はそれを聞いて感動いたしました、この人はかなりの使い手に違いありません。
うまくいってるカップルに人がケチを付けてはいけません、その人にとっての良いキューというのがあるはずだからです。
  カスタムキューを扱っていながらこういうことを言うのもなんですが、何百万円出しても魔法の杖なんか手に入りません、一番大切なことは自分のキューをよ〜く知ることです、そして自分のキューを好きになるということです。 臓器移植の時に神経や血管をひとつひとつつなぎ合わせるように、くり返される練習でかわいい自分のキューがだんだんと血の通 ったものになり、自分の体の延長になっていきます。
そうなったらもうビリヤードを止められません。

そういう人たちが使うキューはCUE NEXT でオーダーしましょう。
 

 015 キューを語ってみる 2003.6.30
 馬のようなブレークをするデビット・ハワードというベテランプレーヤーがおりますが、とてもすさまじいブレークで「ヒヒ〜ン」という激しいいななきとともに足を蹴り上げます(そのいななきは私の頭の中でしか聞こえない、いわば効果音のようなものですが)。ブスタマンテが登場するまでは彼が一番でした。どんな馬なのか興味をそそられるところですが、彼のブレークキューは人間用のものです。
 ボブ・サップが使うキューは、当然ペットボトルのような太さで、2mぐらいの長さで、50オンスで、ハギなんか20本ぐらい付いているやつでしょうか?
 キューには使う人の事情よりも、まず玉の質量に対するバランスという要素があります。
絶えずより良いキューを求める長い歴史の末、現代のキューは、玉(直径 57.1mm、重さ170グラム)に対してのちょうどいい質量としての重さ、太さ、長さにたどり着いています。もしボブ・サップがビリヤードプレーヤーになっていたとしても、やはり普通のキューを使っていたでしょう。
 スヌーカー用のキュー、3クッション用のキュー、ポケット用のキュー、それぞれの形状、重さの違いは使用するボールとの関係とどういうショットをするかで最適なものになっているからです。ポケットビリヤードでは14-1の時代は21オンスぐらいの重いキューが主流でしたが、現在の9-ボールの時代では2オンスほど軽いキューになりました。玉 を小さく取っていくゲームと大きく取っていくゲームの差がそうさせたのでしょう。
 キューにはバランスポイントという数値がありますが、それは参考程度に考えた方が良いでしょう。 20オンスのキューなら当然バランスポイントの前が10オンスで後ろが10オンスになる訳ですが、その10オンス分の重量 がどのように分布してるかが違うのなら、バランスポイントの数値が同じキューでもフィーリングは違います。玉 を撞くときにキューは天秤のように動くものではなくて前後に動くものだからです。

・・・こうしてる間にも、どんどんキューを語るのがいやになってきます、おやすみ。
 

 016 されどナインボール(1) 2003.7.3

二人の人間が対決するクイズ番組があったとします。
正解すると得点が1ポイントの問題が八問続いて、現在スト君が8対0でレイズ君を圧倒的にリード。
「いよいよ最後の第九問、この問題は特別に得点が9ポイントです!
それでは問題です、フィリピンの大統領は誰でしょう?・・はい、レイズ君!」

 ナインボールと言うゲームはプレーヤーのレベルによって全く違う性質のものになってしまいます。9ボールを入れた人が勝ちと言うゲームで、そもそも1ボールから始めて9ボールまで取りきれる確率が最低でも5割以上ないと、「ナイスブレーク!」とか言われて、何のために1ボールを入れようとしているのか分からなくなります。確率が5割以下の人は1ボールを入れた時点で負けに近づいていくわけだから、入れれば入れるほど待ってる相手が楽になるではないか。
嫌なフリの9ボールが穴カタで止まってしまった。立ち上がってチョンと撞こうとしてる相手に言いたい。
「 ちょっと待った!君にその9ボールを入れる権利はない。苦労して1ボールから8ボールまで落としたのは私なのだから、君も1ボールから始めなさい!」
「はい、分かりました。」と言ってくれる素直な青年にはまだ出会ったことがない。
 ビリヤードはスポーツだと思いたいのになぜかハンデというものがある。
タイガー・ウッズに「ん〜と、あなたは上手だから5オーバーからスタートしなきゃだめだな。」 などとまじめな顔して言い出す人はどのスポーツ界にもいない。
「試合」と言いながら、どうしてハンデがあるのだろう。 金でも賭けるのだろうか? 9ボールを入れたら勝ちというルールだけでも十分ハンデに相当すると思う。 私なんか初心者の女の子にだって負ける自信があるがどうだ!。
 アマチュアの試合の場合、どちらが9ボールを入れるかは多かれ少なかれ絶えずロシアンルーレット的要素が付きまとう。 しかし、SAクラスやプロのレベルになるとほとんどミスが無くなってしまう程度の難易度のゲームでもある。それはそれでミスの無い人同士でどちらかが勝つわけだから、やはりゲームの流れとか運というものに左右されてしまう。陸上や水泳で勝った人が「いやあ、つきだけですラッキーでした。」と言うのを聞いたことがありません。
 さらに、ワールドクラスのトッププレーヤー同士のナインボールになると、どうして彼らほどの達人が集まってナインボールをしなくてはいけないのだろうと思ってしまうほどミスは皆無になってしまう。このゲームで勝ち続けなければならない宿命を背負った人達の人生は、さぞかし厳しいものだろう。

 017 されどナインボール(2) 2003.7.4

こんなこともあります。
「それでは始めましょう、まず第一問、日本の首都はどこでしょう?・・はい、レイズ君!」
「アロヨ大統領です!」
「ブーッ!!何を言ってるんですか、全然不正解ですがその答えはたまたま第九問の正解ですのでレイズ君の勝ちということで、いきなりですがこの対戦は終了しました。」

この後スト君が不良になってしまったのも分かるような気がします。

 “ブレークエース”というカッコいい呼び名はテニスの“サービスエース”から来たものだと思いますが、テニスの凄いサービスはそのプレーヤーの力量 です。しかしナインボールのブレークエースはどうでしょう、ほとんどがラックと運が原因だし、ひどいのはブレークをミスしたからこそ発生したエースだってあります。そんなものにマスワリと同等の評価を与えることがなぜ許されるのでしょう。 落ちた9ボールは当然のようにフットポイントに上げるべきだし、フロックはもちろん、途中でコンビで入れてもフットに上げて続行するべきだと思います。または、そのまま入れ続けてもいいと思います、9ボールが落ちてたら8ボールがゲームボールということにすればいいでしょう。コンビといっても穴前に落ちかけた9ボールに当てただけのショットじゃないですか、そんなことで終わりにしてしまうのは失礼です。 真剣に練習を積み重ねてきたプレーヤー達をもてあそぶようなルールです。
私なら試合でブレークエースを出してしまったら、くやしがる相手に向かって「ブレークで落ちたボールにたまたま黄色いストライプが付いていただけですから結構です」と当然のように9ボールをフットに上げます。・・・と言い張る人に私はまだ出会っていない。
  どうやってできたルールかは知らないが、「あらら、ナインボールなんかをそのまんま試合で真剣にやっちゃってるのね君たち。」と言われているようなルールに思えてなりません。 まだ入れてない玉がいっぱい残ってるのにどうしてその人の勝ちになるのか分かりません。
オープニングで主役が死んですぐ終わるような映画を誰も見たくないでしょう。

ついでに言うと、エースが出たからと言ってガッツポーズするのは止めましょう。
ガッツの無駄です。

 

 018 シュートアウトっつうもの 2004.4.14

 どういうシュートアウトをするかは対戦相手がどれほどの力量なのかに大きく関係してきます。ビデオで見た世界のトッププレーヤー同士のシュートアウトをアマチュアの試合で再現をしても効果 的とは言えない場合もあります。相手の入れミスを誘うシュートアウトでも相手の力量 次第で、作るべき配置の難易度も変わってきます。またプロのレベルでは、まずセーフティーされたときに隠すのが難しい配置にしなければ墓穴を掘ってしまうことになります。シュートアウト自体は何をしても良い自由なプレーなのですが、ワールドクラスになると入れられたら負け、隠されたら負けと言ってもいいぐらいの厳しい制約の元でシュートアウトをしているのです。

 先日行われたジャパン・オープンで見た素晴らしいドラマチックなシュートアウトを紹介します。
エフレン対鄭栄和(韓国)、9先取りのゲーム、8-7でリーチをかけているエフレンが図のような配置から8を9の後ろに止め、手玉 は短クッションにタッチして止まる芸術的とも言えるセーフティー。

場内の大喝采に迎えられ、会心のセーフティーを決めたエフレンが席に着きます。しかし彼はこの後に悪夢を見ることになります。立ち上がった鄭選手は絶望的な配置から決心したかのように構えると何とハードショットのカットで8をコーナーポケットに入れてしまったのです。戻ってきた手玉 が9に当たってイージーな形が残りこれを入れてスコアは8-8。
ヒルヒルで迎えた鄭選手のブレークはボールが何個か落ちたものの1が隠れてしまい、ここで下図のようなシュートアウト。

(他のボールの配置は記憶にないので省略、 確か2の位置が同じ短クッション付近のためギリギリのスローショットで入れなければならないような配置だったと思います。)
鄭選手はこの配置をエフレンに残したのです 。何というシュートアウトでしょうか、ボールが鮮明にエフレンに語りかけています「もう一度悪夢を見たいか?」と。「さっきのカットを見ただろ、それに比べたらこんなカット何でもないよ、ヒルヒルだからパスしたら終わりだよ。」と。先ほどのスーパーショットのドラマはまだ続いていたのです。
しかし、さらっと見た後「パス」と言って着席してしまったエフレンおじさん。これはこれであのスーパーショットが無かったらおじさんもパスをするような配置ではなかったでしょう。「若者よ、今度も入れれると思ってるのか?」 と聞こえてきそうな味のあるパスでした。立ち上がった鄭選手は結局相手にかけたプレッシャーをすべて自分が背負い込む形でショットをしなければなりませんでした。慎重に放ったスローのカットはわずかに厚くポケットのアゴに当たりイージーボールを残してしまったのです。エフレンはクールに残りをすべて取り切り試合は終了しました。
 めったにミスをしない者同士のどちらかが勝者になる過酷な戦い。
 ヘタでよかったぜ、チキン・ジョー。

 


 ← 001〜010


あなたの面白い話を教えて下さい。(C.J)

Copyright 2002 CUE NEXT Designs All rights reserved / 禁無断転載